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顔認識技術による購買履歴の収集について

2015年11月25日の日本経済新聞電子版は、「生体情報は仕事を変える(中)会員カードより安く安全 『顔認証』で購買行動を捕捉」と題して、作業衣、工事・工場用品専門店の取り組みを紹介している。

記事によると、店舗では「ビデオカメラ作動中」と断ったうえで、レジ後方のカメラで顧客の顔写真を自動撮影し、50桁の数値に置き換えたうえ、購買品と紐付けて保存する。後日、同じ顧客が来店し、顔写真から生成された数値が一致すれば、その人の購買履歴が判明する。この店舗は、専門性が高く、ヘビーユーザーが多いことから、収集した購買履歴を分析してマーケティングに生かすという。

経営者によれば、購買履歴の把握は、会員カードによっても可能だが、「会員カードはコストがかかる上、漏洩防止など個人情報管理負担が大きい。顔認証を使った場合、画像データはすぐ消去するから、情報漏洩の心配もない」とのことだ。

このシステムは違法だろうか。

深く考えると複雑な問題があるのだが、まずは、教科書的な解説を試みよう。

第一に、「顔画像データから生成した50桁の数値は個人情報ではない」という理解は間違いである。

この数値は、「特定の個人の身体の一部の特徴を電子計算機の用に供するために変換した文字、番号、記号その他の符号であって、当該特定の個人を識別することができるもの」にあたるから、改正個人情報保護法上、「個人識別符号」と定義され、個人情報に該当するとされている。改正個人情報保護法は現時点で未施行だが、現行法の解釈上も、かかる数値が個人情報に該当することについては、現時点で争いがないところと思われる(この点は、筆者も関与したJR大阪駅問題に関するNICTの検討委員会で問題となり、個人情報に該当するとの結論に至った)。したがって、上記50桁の数値は、れっきとした個人情報であるから、現行法上も、保有者は個人情報取扱事業者に該当する限り、法定の管理義務を負う。「会員カードを使った顧客管理より『安くて安全』ということはないのだ。

第二に、この店舗は個人情報保護法上問題なければよい、と理解しているようだがこれも間違っている。個人情報保護法に違反しているか否かと、顧客のプライバシー権という民法上の権利を違法に侵害しているか否かは別問題だ。

ちなみに、ここで問題となるプライバシー権は、肖像権ではない(肖像権が全く問題にならないとは言わないが、撮影された画像データが直ちに消去される限りにおいて、法的に問題とするほどの侵害はないとみてよいと考える)。問題となるのは、「購買履歴」、すなわち、いつ何を買ったか、という情報をみだりに知られない、という利益である。

人には、他人に知られても差し支えない購買履歴もあれば、知られたくない購買履歴(エ○本とか、避○具とか)もある。これらの購買履歴は、みだりに他人に知られないことを法的に保護された法的権利であるといえる。ところが、上記システムを導入した店舗では、一度顔情報を登録されれば、過去の購買履歴はもちろん、未来にわたって、すべての購買履歴を把握されてしまうことになる。

店舗が顧客の購買履歴を知る方法としては、たとえば会員カードがある。会員カードは、購買履歴というプライバシー情報と引き替えに、ポイントとか割引とかという便宜を受けるシステムだ。つまり会員登録する顧客は、プライバシー情報を売り渡すかわりに対価を得ていることになる。また、会員であっても匿名性を保ちたいときは、会員カードを提示せずに買い物することができる。ところが、上記システムは、顧客の便益や選択肢を一切考慮せず、一方的に購買履歴というプライバシー情報を取得するものである。しかも、顧客にはその店舗で匿名性を保つ手段がない。したがって、このシステムは、顧客のプライバシー権を違法に侵害していると言わざるを得ない。

第三に、「ビデオカメラ作動中」と断ればよい、という理解が間違っている。この表示は、社会通念上、万引防止目的の撮影と理解されるから、この断り書きでマーケティングに利用することは目的外利用である。また、上述したプライバシー権との関係で見れば、「ビデオカメラ作動中」では足りないことは明白だろう。民法上適法といえるためには、「この店舗では顔認証システムを用いてお客様の購買履歴を収集しています」と明示するべきである。

以上により、上記システムは、教科書的解説に従う限り、明らかに違法と考える。

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